犬を愛し、犬に愛された平岩米吉の生涯 | 弥生坂 緑の本棚

Blogブログ

2024/04/28 17:40



平岩米吉をご存知だろうか。犬好きの方でも今は知らない人が多いのではと思う。
平岩米吉は、昭和9年に『動物文学』を創刊し、科学的な知見からの正しい動物の物語や知識を、多くの執筆者の寄稿で編集し紹介している。
シートン動物記を日本で最初に紹介したのも、この「動物文学」らしい。

ヤマケイ文庫から再刊された『愛犬王 平岩米吉「日本を代表する犬奇人」と呼ばれた男』(片山ゆか・著)を仕入れたのには、ちょっとした訳がある。前置きも含めて書いておきたい。

2024年2月。弥生坂の店舗の斜め向かいのお宅から、本の買取の依頼があった。
訪ねてみると、そのお宅は、上野動物園初代園長、故・古賀忠道氏の居宅で(現在は取り壊し)、蔵書は大方、関係各所に譲渡された様子だったが、それでも、動物や生物、科学、文芸、児童文学、料理、古典等幅広いジャンルの書籍が1000冊程度は残っていた。
ご家族には、かつて動物園内に住居があった時の生活の様子や、弥生坂に居を構えることにしたこと、坂を下って動物園まで通勤していたことなど、貴重なお話を伺うことが出来た。

古賀忠道は「動物文学」に、多くを寄稿していたようで、平岩米吉と対談もしている様子。
蔵書にもこの「動物文学」(昭和45~46年)が数冊あって、古賀氏の寄稿掲載はこのなかには無かったが、親交は続いていたのだろう。

お預かりした本をじっくり査定して、お支払いも済ませた折、久しぶりに立ち寄った新刊書店で、再刊された『愛犬王 平岩米吉』を棚にみかけて、ちょっと驚きつつも購入。

平岩米吉の人となりは、実はよく知らなかった。
イヌ科動物を独学で研究というから、何やら牧野富太郎と同じ匂いがすると思ったら、帯に「植物の牧野、動物の平岩」と並び称された・・と書いてあった。読んでゆくと、とんでもなくぶっ飛んだ人だった。

細かいお話は、是非本書を読んで頂きたいが、
商才もあり、勝負師としても頂点を極めた平岩米吉が、オオカミをはじめイヌ科の動物たちの事を深く知りたいと言う思いに至ったのは、幼少の頃に何度も何度も、読み聞かせてもらった一つの「物語」だったというのが尊い。
神経質で、完璧主義者だったようだが、生涯を閉じるまで、イヌたちの真実を追究しようとする根底には、この「物語」が絶えず流れていたのだと思うと、全くブレない人だったのも頷ける。

それにしても、読み進めると「なんでこんなにも平岩米吉は、オオカミやイヌ科の動物たちに愛され、慕われ、尊敬されるのだろう?」という疑問も湧いてくる。確かに米吉自身もオオカミやイヌ達を愛しているが、異常と思えるほどの敬愛をイヌたちから受けている。

これについて、長女・由伎子は「父(米吉)は自分自身が狼だった。狼にとって父(米吉)は神だったのだと思う。」と語っていた・・というのを読んで、背中が震えた。

山の神、森の神と言われた、オオカミたちにとっての「神」とは、もう生きる目的そのものではないか。平岩米吉は、オオカミやイヌ科の動物たちの化身として現われ、イヌ達の真実を伝えようとしたのではないかとも思えてしまう。

ともかくも、かつて日本の飼い犬の寿命は4、5年があたりまえといわれた時代から、今日は介護をしながら看取るまで長命となり、家族の一員として大切な存在となった。人とイヌたちとの幸せな関係の継続は、平岩米吉の研究のおかげであると身に沁みて感じる事ができた。
また、オオカミやハイエナ、ジャッカルなど野生のイヌ科の動物たちと一緒に暮らすことで、生態や心理・精神性の解明に大きく寄与したのだろう。

イヌの能力、イヌと人間の関係性は、いまも探求が続いている。
人間とイヌの関係は、言葉では表せない何か特別なモノがあるように思う。はっきりとは表せないが、平岩米吉の物語が、その何かをちょっとだけ覗かせてくれたような気がした。